なっても、僕はお前とわかれて、そうしてあの酒乱の笠井氏を見かえしてやらなければならぬ、と実は、わかれる気なんかみじんも無かったのに、一つにはまた、この際、彼女の恋の心の深さをこころみたい気持もあって、まことしやかに言い渡したのでした。
女は、その夜、自殺しました。薬を飲んで掘割りに飛び込んだのです。あと仕末《しまつ》はトヨ公が、いやな顔一つせず、ねんごろにしてくれました。それ以来、僕とトヨ公は、悲しい友人になりました。
おかみの自殺から、ひと月くらい経《た》って、早春の或る宵《よい》に、笠井氏は、あの夜以来はじめて、トヨ公の屋台に、れいの如く泥酔してあらわれました。
「僕は、先月、ここの店の勘定を払ったか、どうか、……」
あまり元気の無い口調でした。
「お勘定は要《い》りません。出て行っていただきます。」
と、トヨ公は、れいの如く何の表情も無く言います。
「なんだ、怒っていやがる。男類、女類、猿類が気にさわったかな? だって、本当ならば仕様が無い。」
ピシャリと快い音がしました。トヨ公が笠井氏の頬《ほお》を、やったのでした。つづいて僕が、蹴倒《けたお》しました。笠井氏は、四つ
前へ
次へ
全18ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング