、ちょっと二、三寸、腰を低くして、もういちど眺めると、その前方の同じ風景が、まるで全然かわって見える。二、三寸、背丈《せたけ》が高いか低いかに依っても、それだけ、人生観、世界観が違って来るのだ。いわんや、君、男体と女体とでは、そのひどい差はお話にならん。別の世界に住んでいるのだ。僕たちには青く見えるものが、女には赤く見えているのかも知れない。そうして、赤い色の事を青い色と称するのだと思い込んで澄まして、そのように言っているので、僕たち男類は、女類と理解し合ったと安易にやにさがったりなどしているのだが、とんでもないひとり合点かも知れないぜ。僕たちが焼酎を一升飲んでグウラグラになった、ちょうどあれくらいの気持で、この女類という生き物が、まじめな顔つきをして買い物やら何やらして、また男類を批評などしているのではないのかね。焼酎一升、たしかにそれくらいだ。しらふで前後不覚で、そうしてお隣りの奥さんと井戸端で世間話なんかしているのだからね。実に不思議だ。たしかに、女類同志の会話には、僕たち男類に到底わからない、まるっきり違った別の意味がふくまっているのだ。僕たち男類が聞いて、およそ世につまらないものは、女類同志の会話だからね。前後不覚どころか、まるで発狂気味のように思われる。実に、不可解!」
 この笠井健一郎氏という作家は、若い頃、その愛人にかなり見っともない形でそむかれ、その打撃が、それこそ眉間《みけん》の深い傷になったくらいに強いものだったらしく、それ以来妻帯もせず、酒ばかり飲んで、女をてんで信用せず、もっぱら女を嘲笑《ちょうしょう》するような小説ばかり書いて、それでも、読書界の一部では、笠井氏のそんな十年一日の如き毒舌をひどく痛快がっていますので、笠井氏も調子に乗り、いまでは笠井氏の女に対する悪口は、謂《い》わば彼のお家芸みたいになっているのでした。
「え? わかったかい? 女類と男類が理解し合うという事は、それは、ご無理というものなんだぜ。そんな甘ったれた考えを持っていたんじゃあ、僕はここで予言してもいい。君は、あの女に、裏切られる。必ず、裏切られる。いや、あの女ひとりに就いて言っているんじゃない。あのひとの個人的な事情なんか僕は、何も知らない。僕はただ、動物学のほうから女類一般の概論を述べただけだ。女類は、金《かね》が好きだからなあ。死人の額に三角の紙がはられて、そ
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