だね。
 絶望は、優雅を生む。そこには、どうやら美貌のサタンが一匹住んでいる。けれども、その辺のことは、ここで軽々しく言い切れることがらでない。
 こんな、とりとめないことを、だらだら書くつもりでは、なかったのである。このごろまた、小説を書きはじめて、女性を描くのに、多少、秘法に気がついた。私には、まだ、これといって誇示できるような作品がないから、あまり大きいことは言えないが、それは、ちょっと、へんな作法である。言い出そうとして、流石《さすが》に、口ごもるのである。言っては、いけないことかも知れない。へんなものである。なに、まえから無意識にやっていたのを、このごろ、やっと大人になって、それに気づいたというだけのことかも知れない。言い出せば、それは、あたりまえのことで、なあんだということになるのかも知れないが、下手に言い出して曲解され、損をするのは、いやだ。やはり、黙っていよう。「叡智《えいち》は悪徳である。けれども作家は、これを失ってはならぬ。」



底本:「もの思う葦」新潮文庫、新潮社
   1980(昭和55)年9月25日発行
   1998(平成10)年10月15日39刷
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