正確に為す目的を以て、いま一週二回の割合いでタングシチュウを、もりもり食べているというのである。タングシチュウは、ご存じの如く、牛の舌のシチュウである。牛の脚の肉などよりは、直接、舌のほうに効目《ききめ》があろうという心意気らしい。驚くべきことは、このごろ、めきめき彼女の舌は長くなり、Lの発音も西洋人のそれとほとんど変らなくなったという現象である。これは、私も又聞で直接に、その勇敢な女生徒にお目にかかったことは無いのだから、いま諸君に報告するに当って、多少のはにかみを覚えるのであるが、けれども、私は之をあり得ることだと思っているのである。女性の細胞の同化力には、実に驚くべきものがあるからである。狐《きつね》の襟巻《えりまき》をすると、急に嘘つきになるマダムがいた。ふだんは、実に謙遜なつつましい奥さんであるのだが、一旦、狐の襟巻を用い、外出すると、たちまち狡猾《こうかつ》きわまる嘘つきに変化している。狐は、私が動物園で、つくづく観察したところに依っても、決して狡猾な悪性のものでは無かった。むしろ、内気な、つつましい動物である。狐が化けるなどは、狐にとって、とんでも無い冤罪《えんざい》であ
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