ぬ事ばかり書いて来たような気が致します。私にとっては、その間に様々の思い出もあり、また自身の体験としての感懐も、あらわにそれと読者に気づかれ無いように、こっそり物語の奥底に流し込んで置いた事でもありますから、私一個人にとっては、之《これ》は、のちのちも愛着深い作品になるのではないかと思って居ります。読者には、あまり面白くなかったかも知れませんが、私としては、少し新しい試みをしてみたような気もしているので、もう、この回、一回で読者とおわかれするのは、お名残り惜しい思いであります。所詮《しょせん》、作者の、愚かな感傷ではありますが、殺された女学生の亡霊、絶食して次第に体を萎《しな》びさせて死んだ女房の死顔、ひとり生き残った悪徳の夫の懊悩《おうのう》の姿などが、この二、三日、私の背後に影法師のように無言で執拗《しつよう》に、つき従っていたことも事実であります。
さて、今回は、原文を、おしまいまで全部、読んでしまいましょう。説明は、その後でする事に致します。
――遺物を取り調べて見たが、別に書物も無かった。夫としていた男に別《わかれ》を告げる手紙も無く、子供等に暇乞《いとまごい》をする手紙
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