言うまいと思って努めて快活のふうを装っていたが、それでも、あまりに心細くて、或る先輩にあてこんな意味の手紙を書いて出した事がある。
拝啓。この手紙は、あなたに何かお願いする手紙でもないし、また訴えの手紙でもありませんし、また誰かを非難しようとする手紙でも無いのです。私は家の者にも、打ち明けていない事実を、せめて、あなたひとりに知って置いてもらいたくてこの手紙を書くのです。あなたがしかしこの事実を知ったからとて、何をなさって下さるにも及びません。私には、そんな期待は無いのです。ただ、この事実を知って置いて下さったらそれでいいのです。そうしてこの手紙を御一読なさったら、黙って破り棄《す》てて下さい。お願いします。他の人にもおっしゃらないように。
私は、いま、自殺という事を考えています。しかし、こらえています。妻子がふびん、というよりは、私は日本国民として、私の自殺が外国の宣伝材料などになってはたまらぬ、また、戦地へ行っている私の若い友人たちが、私の自殺を聞いてどんな気がするか、それを考えて、こらえています。なぜ、自殺の他に途《みち》が無いか。それは、あなたもご存じの筈です。ただ、私には
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