くさくて、決していいものでないけれども、たしか「芸術家」と題する一枚の画があった。それは大海の孤島に緑の葉の繁ったふとい樹木が一本|生《は》えていて、その樹の蔭《かげ》にからだをかくして小さい笛を吹いているまことにどうも汚ならしいへんな生き物がいる。かれは自分の汚いからだをかくして笛を吹いている。孤島の波打際《なみうちぎわ》に、美しい人魚があつまり、うっとりとその笛の音に耳を傾けている。もし彼女が、ひとめその笛の音の主の姿を見たならば、きゃっと叫んで悶絶《もんぜつ》するに違いない。芸術家はそれゆえ、自分のからだをひた隠しに隠して、ただその笛の音だけを吹き送る。
 ここに芸術家の悲惨な孤独の宿命もあるのだし、芸術の身を切られるような真の美しさ、気高さ、えい何と言ったらいいのか、つまり芸術さ、そいつが在るのだ。
 私は断言する。真の芸術家は醜いものだ。喫茶店のあの気取った色男は、にせものだ。アンデルセンの「あひるの子」という話を知っているだろう。小さな可愛《かわい》いあひるの雛《ひな》の中に一匹、ひどくぶざまで醜い雛がまじっていて、皆の虐待と嘲笑《ちょうしょう》の的になる。意外にもそれは、
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