のそとに佇んで螢を見てゐた。私は弟と並んで寢ころびながら、螢の青い火よりもみよのほのじろい姿をよけいに感じてゐた。浪花節は面白かつたらうか、と私はすこし堅くなつて聞いた。私はそれまで、女中には用事以外の口を決してきかなかつたのである。みよは靜かな口調で、いいえ、と言つた。私はふきだした。弟は、蚊帳の裾に吸ひついてゐる一匹の螢を團扇でばさばさ追ひたてながら默つてゐた。私はなにやら工合がわるかつた。
そのころから私はみよを意識しだした。赤い絲と言へば、みよのすがたが胸に浮んだ。
三章
四年生になつてから、私の部屋へは毎日のやうにふたりの生徒が遊びに來た。私は葡萄酒と鯣をふるまつた。さうして彼等に多くの出鱈目を教へたのである。炭《すみ》のおこしかたに就いて一册の書物が出てゐるとか、「けだものの機械」といふ或る新進作家の著書に私がべたべたと機械油を塗つて置いて、かうして發賣されてゐるのだが、珍らしい裝幀でないかとか、「美貌の友」といふ飜譯本のところどころカツトされて、そのブランクになつてゐる箇所へ、私のこしらへたひどい文章を、知つてゐる印刷屋へ祕密にたのんで刷りいれてもら
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