んだ。うちへ持つて歸つて、中庭の小さな池に放した。ゐもりは短い首をふりふり泳ぎ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐたが、次の朝みたら逃げて了つてゐなかつた。
私はたかい自矜の心を持つてゐたから、私の思ひを相手に打ち明けるなど考へもつかぬことであつた。その生徒へは普段から口もあんまり利かなかつたし、また同じころ隣の家の痩せた女學生をも私は意識してゐたのだが、此の女學生とは道で逢つても、ほとんどその人を莫迦にしてゐるやうにぐつと顏をそむけてやるのである。秋のじぶん、夜中に火事があつて、私も起きて外へ出て見たら、つい近くの社《やしろ》の陰あたりが火の粉をちらして燃えてゐた。社《やしろ》の杉林がその焔を圍ふやうにまつくろく立つて、そのうへを小鳥がたくさん落葉のやうに狂ひ飛んでゐた。私は、隣のうちの門口から白い寢卷の女の子が私の方を見てゐるのを、ちやんと知つてゐながら、横顏だけをそつちにむけてじつと火事を眺めた。焔の赤い光を浴びた私の横顏は、きつときらきら美しく見えるだらうと思つてゐたのである。こんな案配であつたから、私はまへの生徒とでも、また此の女學生とでも、もつと進んだ交渉を持
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