まもつて、たとひ大人の侮りにでも容赦できなかつたのであるから、この落第といふ不名譽も、それだけ致命的であつたのである。その後の私は兢兢として授業を受けた。授業を受けながらも、この教室のなかには眼に見えぬ百人の敵がゐるのだと考へて、少しも油斷をしなかつた。朝、學校へ出掛けしなには、私の机の上へトランプを並べて、その日いちにちの運命を占つた。ハアトは大吉であつた。ダイヤは半吉、クラブは半凶、スペエドは大凶であつた。そしてその頃は、來る日も來る日もスペエドばかり出たのである。
 それから間もなく試驗が來たけれど、私は博物でも地理でも修身でも、教科書の一字一句をそのまま暗記して了ふやうに努めた。これは私のいちかばちかの潔癖から來てゐるのであらうが、この勉強法は私の爲によくない結果を呼んだ。私は勉強が窮屈でならなかつたし、試驗の際も、融通がきかなくて、殆ど完璧に近いよい答案を作ることもあれば、つまらぬ一字一句につまづいて、思索が亂れ、ただ意味もなしに答案用紙を汚してゐる場合もあつたのである。
 しかし私の第一學期の成績はクラスの三番であつた。操行も甲であつた。落第の懸念に苦しまされてゐた私は、そ
前へ 次へ
全64ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング