れをおさへ、女にもたいへん臆病になつてゐた。私はそれまで、二人三人の女の子から思はれたが、いつでも知らない振りをして來たのだつた。帝展の入選畫帳を父の本棚から持ち出しては、その中にひそめられた白い畫に頬をほてらせて眺めいつたり、私の飼つてゐたひとつがひの兎にしばしば交尾させ、その雄兎の脊中をこんもりと丸くする容姿に胸をときめかせたり、そんなことで私はこらへてゐた。私は見え坊であつたから、あの、あんまをさへ誰にも打ちあけなかつた。その害を本で讀んで、それをやめようとさまざまな苦心をしたが、駄目であつた。そのうちに私はそんな遠い學校へ毎日あるいてかよつたお陰で、からだも太つて來た。額の邊にあはつぶのやうな小さい吹出物がでてきた。之も恥かしく思つた。私はそれへ寶丹膏《はうたんかう》といふ藥を眞赤に塗つた。長兄はそのとし結婚して、祝言の晩に私と弟とはその新しい嫂の部屋へ忍んで行つたが、嫂は部屋の入口を脊にして坐つて髮を結はせてゐた。私は鏡に映つた花嫁のほのじろい笑顏をちらと見るなり、弟をひきずつて逃げ歸つた。そして私は、たいしたもんでねえでば! と力こめて強がりを言つた。藥で赤い私の額のために
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