、いつも皆にかつさいされるのである。剽竊さへした。當時傑作として先生たちに言ひはやされた「弟の影繪」といふのは、なにか少年雜誌の一等當選作だつたのを私がそつくり盜んだものである。先生は私にそれを毛筆で清書させ、展覽會に出させた。あとで本好きのひとりの生徒にそれを發見され、私はその生徒の死ぬことを祈つた。やはりそのころ「秋の夜」といふのも皆の先生にほめられたが、それは、私が勉強して頭が痛くなつたから縁側へ出て庭を見渡した、月のいい夜で池には鯉や金魚がたくさん遊んでゐた、私はその庭の靜かな景色を夢中で眺めてゐたが、隣部屋から母たちの笑ひ聲がどつと起つたので、はつと氣がついたら私の頭痛がなほつて居た、といふ小品文であつた。此の中には眞實がひとつもないのだ。庭の描寫は、たしか姉たちの作文帳から拔き取つたものであつたし、だいいち私は頭のいたくなるほど勉強した覺えなどさつぱりないのである。私は學校が嫌ひで、したがつて學校の本など勉強したことは一囘もなかつた。娯樂本ばかり讀んでゐたのである。うちの人は私が本さへ讀んで居れば、それを勉強だと思つてゐた。
しかし私が綴方へ眞實を書き込むと必ずよくない結果が起つたのである。父母が私を愛して呉れないといふ不平を書き綴つたときには、受持訓導に教員室へ呼ばれて叱られた。「もし戰爭が起つたなら。」といふ題を與へられて、地震雷火事親爺、それ以上に怖い戰爭が起つたなら先づ山の中へでも逃げ込まう、逃げるついでに先生をも誘はう、先生も人間、僕も人間、いくさの怖いのは同じであらう、と書いた。此の時には校長と次席訓導とが二人がかりで私を調べた。どういふ氣持で之を書いたか、と聞かれたので、私はただ面白半分に書きました、といい加減なごまかしを言つた。次席訓導は手帖へ、「好奇心」と書き込んだ。それから私と次席訓導とが少し議論を始めた。先生も人間、僕も人間、と書いてあるが人間といふものは皆おなじものか、と彼は尋ねた。さう思ふ、と私はもぢもぢしながら答へた。私はいつたいに口が重い方であつた。それでは僕と此の校長先生とは同じ人間でありながら、どうして給料が違ふのだ、と彼に問はれて私は暫く考へた。そして、それは仕事がちがふからでないか、と答へた。鐵縁の眼鏡をかけ、顏の細い次席訓導は私のその言葉をすぐ手帖に書きとつた。私はかねてから此の先生に好意を持つてゐた。それから彼
前へ
次へ
全32ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング