、他村からの優等生がたくさん集る高等小學校でも一番になるやう努めなければいけなかつたのである。しかし私はそこでも相變らず勉強をしなかつた。いまに中學生に成るのだ、といふ私の自矜が、その高等小學校を汚く不愉快に感じさせてゐたのだ。私は授業中おもに連續の漫畫をかいた。休憩時間になると、聲色《こわいろ》をつかつてそれを生徒たちへ説明してやつた。そんな漫畫をかいた手帖が四五册もたまつた。机に頬杖ついて教室の外の景色をぼんやり眺めて一時間を過すこともあつた。私は硝子窓の傍に座席をもつてゐたが、その窓の硝子板には蠅がいつぴき押しつぶされてながいことねばりついたままでゐて、それが私の視野の片隅にぼんやりと大きくはひつて來ると、私には雉か山鳩かのやうに思はれ、幾たびとなく驚かされたものであつた。私を愛してゐる五六人の生徒たちと一緒に授業を逃げて、松林の裏にある沼の岸邊に寢ころびつつ、女生徒の話をしたり、皆で着物をまくつてそこにうつすり生えそめた毛を較べ合つたりして遊んだのである。
その學校は男と女の共學であつたが、それでも私は自分から女生徒に近づいたことなどなかつた。私は欲情がはげしいから、懸命にそれをおさへ、女にもたいへん臆病になつてゐた。私はそれまで、二人三人の女の子から思はれたが、いつでも知らない振りをして來たのだつた。帝展の入選畫帳を父の本棚から持ち出しては、その中にひそめられた白い畫に頬をほてらせて眺めいつたり、私の飼つてゐたひとつがひの兎にしばしば交尾させ、その雄兎の脊中をこんもりと丸くする容姿に胸をときめかせたり、そんなことで私はこらへてゐた。私は見え坊であつたから、あの、あんまをさへ誰にも打ちあけなかつた。その害を本で讀んで、それをやめようとさまざまな苦心をしたが、駄目であつた。そのうちに私はそんな遠い學校へ毎日あるいてかよつたお陰で、からだも太つて來た。額の邊にあはつぶのやうな小さい吹出物がでてきた。之も恥かしく思つた。私はそれへ寶丹膏《はうたんかう》といふ藥を眞赤に塗つた。長兄はそのとし結婚して、祝言の晩に私と弟とはその新しい嫂の部屋へ忍んで行つたが、嫂は部屋の入口を脊にして坐つて髮を結はせてゐた。私は鏡に映つた花嫁のほのじろい笑顏をちらと見るなり、弟をひきずつて逃げ歸つた。そして私は、たいしたもんでねえでば! と力こめて強がりを言つた。藥で赤い私の額のために
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