弱者の糧
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)猛《たけ》っている
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)「映画でも[#「でも」に傍点]見ようか。」
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映画を好む人には、弱虫が多い。私にしても、心の弱っている時に、ふらと映画館に吸い込まれる。心の猛《たけ》っている時には、映画なぞ見向きもしない。時間が惜しい。
何をしても不安でならぬ時には、映画館へ飛び込むと、少しホッとする。真暗いので、どんなに助かるかわからない。誰も自分に注意しない。映画館の一隅に坐っている数刻だけは、全く世間と離れている。あんな、いいところは無い。
私は、たいていの映画に泣かされる。必ず泣く、といっても過言では無い。愚作だの、傑作だのと、そんな批判の余裕を持った事が無い。観衆と共に、げらげら笑い、観衆と共に泣くのである。五年前、千葉県船橋の映画館で「新佐渡情話」という時代劇を見たが、ひどく泣いた。翌《あく》る朝、目がさめて、その映画を思い出したら、嗚咽《おえつ》が出た。黒川弥太郎、酒井米子、花井蘭子などの芝居であった。翌る朝、思い出して、また泣い
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