ですから、八十歳までは大丈夫よ」
「そうなの? そんなら、お母さまは、九十歳までは大丈夫ね」
「ええ」
 と言いかけて、少し困った。悪漢は長生きする。綺麗なひとは早く死ぬ。お母さまは、お綺麗だ。けれども、長生きしてもらいたい。私は頗るまごついた。
「意地わるね!」
 と言ったら、下唇《したくちびる》がぷるぷる震えて来て、涙が眼からあふれて落ちた。

 蛇《へび》の話をしようかしら。その四、五日前の午後に、近所の子供たちが、お庭の垣《かき》の竹藪《たけやぶ》から、蛇の卵を十ばかり見つけて来たのである。
 子供たちは、
「蝮《まむし》の卵だ」
 と言い張った。私はあの竹藪に蝮が十匹も生れては、うっかりお庭にも降りられないと思ったので、
「焼いちゃおう」
 と言うと、子供たちはおどり上がって喜び、私のあとからついて来る。
 竹藪の近くに、木の葉や柴《しば》を積み上げて、それを燃やし、その火の中に卵を一つずつ投げ入れた。卵は、なかなか燃えなかった。子供たちが、更に木の葉や小枝を焔《ほのお》の上にかぶせて火勢を強くしても、卵は燃えそうもなかった。
 下の農家の娘さんが、垣根の外から、
「何をして
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