いぶん待って、そのうちに、お咲さんが、お勝手口からひょいと顔を出し、
「もし、もし。大丈夫でしょうか。焼酎《しょうちゅう》を召し上っているのですけど」
と、れいの鯉《こい》の眼のようなまんまるい眼を、さらに強く見はって、一大事のように、低い声で言うのである。
「焼酎って。あの、メチル?」
「いいえ、メチルじゃありませんけど」
「飲んでも、病気にならないのでしょう?」
「ええ、でも、……」
「飲ませてやって下さい」
お咲さんは、つばきを飲み込むようにしてうなずいて帰って行った。
私はお母さまのところに行って、
「お咲さんのところで、飲んでいるんですって」
と申し上げたら、お母さまは、少しお口を曲げてお笑いになって、
「そう。阿片《アヘン》のほうは、よしたのかしら。あなたは、ごはんをすませなさい。それから今夜は、三人でこの部屋におやすみ。直治のお蒲団《ふとん》を、まんなかにして」
私は泣きたいような気持になった。
夜ふけて、直治は、荒い足音をさせて帰って来た。私たちは、お座敷に三人、一つの蚊帳《かや》にはいって寝た。
「南方のお話を、お母さまに聞かせてあげたら?」
と私が寝な
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