すォなようにさせて置かれたお母さま。私がこの色の美しさを、本当にわかるまで、二十年間も、この色に就《つ》いて一言も説明なさらず、黙って、そしらぬ振りをして待っていらしたお母さま。しみじみ、いいお母さまだと思うと同時に、こんないいお母さまを、私と直治と二人でいじめて、困らせ弱らせ、いまに死なせてしまうのではなかろうかと、ふうっとたまらない恐怖と心配の雲が胸に湧《わ》いて、あれこれ思いをめぐらせばめぐらすほど、前途にとてもおそろしい、悪い事ばかり予想せられ、もう、とても、生きておられないくらいに不安になり、指先の力も抜けて、編棒を膝に置き、大きい溜息をついて、顔を仰向《あおむ》け眼をつぶって、
「お母さま」
と思わず言った。
お母さまは、お座敷の隅《すみ》の机によりかかって、ご本を読んでいらしたのだが、
「はい?」
と、不審そうに返事をなさった。
私は、まごつき、それから、ことさらに大声で、
「とうとう薔薇《ばら》が咲きました。お母さま、ご存じだった? 私は、いま気がついた。とうとう咲いたわ」
お座敷のお縁側のすぐ前の薔薇。それは、和田の叔父さまが、むかし、フランスだかイギリスだ
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