」
「お母さま、私ね、こないだ考えた事だけれども、人間が他の動物と、まるっきり違っている点は、何だろう、言葉も智慧《ちえ》も、思考も、社会の秩序も、それぞれ程度の差はあっても、他の動物だって皆持っているでしょう? 信仰も持っているかも知れないわ。人間は、万物の霊長だなんて威張っているけど、ちっとも他の動物と本質的なちがいが無いみたいでしょう? ところがね、お母さま、たった一つあったの。おわかりにならないでしょう。他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの。それはね、ひめごと、というものよ。いかが?」
お母さまは、ほんのりお顔を赤くなさって、美しくお笑いになり、
「ああ、そのかず子のひめごとが、よい実《み》を結んでくれたらいいけどねえ。お母さまは、毎朝、お父さまにかず子を幸福にして下さるようにお祈りしているのですよ」
私の胸にふうっと、お父上と那須野《なすの》をドライヴして、そうして途中で降りて、その時の秋の野のけしきが浮んで来た。萩《はぎ》、なでしこ、りんどう、女郎花《おみなえし》などの秋の草花が咲いていた。野葡萄《のぶどう》の実は、まだ青かった。
それから、お父上と琵琶湖《
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