気になり、へんに白々しくなって、
「私さえ、いなかったらいいのでしょう? 出て行きます。私には、行くところがあるの」
と言い捨て、そのまま小走りに走って、お風呂場に行き、泣きじゃくりながら、顔と手足を洗い、それからお部屋へ行って、洋服に着換えているうちに、またわっと大きい声が出て泣き崩れ、思いのたけもっともっと泣いてみたくなって二階の洋間に駈《か》け上り、ベッドにからだを投げて、毛布を頭からかぶり、痩《や》せるほどひどく泣いて、そのうちに気が遠くなるみたいになって、だんだん、或るひとが恋いしくて、恋いしくて、お顔を見て、お声を聞きたくてたまらなくなり、両足の裏に熱いお灸《きゅう》を据え、じっとこらえているような、特殊な気持になって行った。
夕方ちかく、お母さまは、しずかに二階の洋間にはいっていらして、パチと電燈に灯《ひ》をいれて、それから、ベッドのほうに近寄って来られ、
「かず子」
と、とてもお優しくお呼びになった。
「はい」
私は起きて、ベッドの上に坐《すわ》り、両手で髪を掻《か》きあげ、お母さまのお顔を見て、ふふと笑った。
お母さまも、幽《かす》かにお笑いになり、それから
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