ぜ無理なの? ね、なぜ無理なの?」
 お母さまは、淋しそうに微笑《ほほえ》んでいらっしゃるだけで、何ともお答えにならなかった。
「いやだわ! 私、そんな話」
 自分でも、あらぬ事を口走った、と思った。が、とまらなかった。
「私が、こんな地下足袋を、こんな地下足袋を」
 と言ったら、涙が出て来て、思わずわっと泣き出した。顔を挙げて、涙を手の甲で払いのけながら、お母さまに向って、いけない、いけない、と思いながら、言葉が無意識みたいに、肉体とまるで無関係に、つぎつぎと続いて出た。
「いつだか、おっしゃったじゃないの。かず子がいるから、かず子がいてくれるから、お母さまは伊豆へ行くのですよ、とおっしゃったじゃないの。かず子がいないと、死んでしまうとおっしゃったじゃないの。だから、それだから、かず子は、どこへも行かずに、お母さまのお傍《そば》にいて、こうして地下足袋をはいて、お母さまにおいしいお野菜をあげたいと、そればっかり考えているのに、直治が帰って来るとお聞きになったら。急に私を邪魔にして、宮様の女中に行けなんて、あんまりだわ、あんまりだわ」
 自分でも、ひどい事を口走ると思いながら、言葉が別
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