んみり言い、
「とにかく、きょうはここで見張番という事にして、あなたのお弁当は、あとで自分が持って来てあげますから、ゆっくり、休んでいらっしゃい」
 と言い捨て、急ぎ足で帰って行かれた。
 私は、材木に腰かけて、文庫本を読み、半分ほど読んだ頃《ころ》、あの将校が、こつこつと靴の音をさせてやって来て、
「お弁当を持って来ました。おひとりで、つまらないでしょう」
 と言って、お弁当を草原の上に置いて、また大急ぎで引返して行かれた。
 私は、お弁当をすましてから、こんどは、材木の上に這《は》い上って、横になって本を読み、全部読み終えてから、うとうととお昼寝をはじめた。
 眼がさめたのは、午後の三時すぎだった。私は、ふとあの若い将校を、前にどこかで見かけた事があるような気がして来て、考えてみたが、思い出せなかった。材木から降りて、髪を撫《な》でつけていたら、また、こつこつと靴の音が聞えて来て、
「やあ、きょうは御苦労さまでした。もう、お帰りになってよろしい」
 私は将校のほうに走り寄って、そうして文庫本を差し出し、お礼を言おうと思ったが、言葉が出ず、黙って将校の顔を見上げ、二人の眼が合った時、
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