で、両肩と胸が烈《はげ》しく浪打《なみう》ち、息も出来ない気持になるのだ。
 もうこの上は、何としても私が上京して、上原さんにお目にかかろう、私の帆は既に挙げられて、港の外に出てしまったのだもの、立ちつくしているわけにゆかない、行くところまで行かなければならない、とひそかに上京の心支度をはじめたとたんに、お母さまの御様子が、おかしくなったのである。
 一夜、ひどいお咳《せき》が出て、お熱を計ってみたら、三十九度あった。
「きょう、寒かったからでしょう。あすになれば、なおります」
 とお母さまは、咳《せ》き込みながら小声でおっしゃったが、私には、どうも、ただのお咳ではないように思われて、あすはとにかく下の村のお医者に来てもらおうと心にきめた。
 翌《あく》る朝、お熱は三十七度にさがり、お咳もあまり出なくなっていたが、それでも私は、村の先生のところへ行って、お母さまが、この頃にわかにお弱りになったこと、ゆうべからまた熱が出て、お咳も、ただの風邪のお咳と違うような気がすること等《など》を申し上げて、御診察をお願いした。
 先生は、ではのちほど伺いましょう、これは到来物でございますが、とおっし
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