ず子は頸《くび》すじが白くて綺麗《きれい》だから、なるべく頸すじを隠さないように、っておっしゃったじゃないの」
「そんな事だけは、覚えているのね」
「少しでもほめられた事は、一生わすれません。覚えていたほうが、たのしいもの」
「こないだ、あの方からも、何かとほめられたのでしょう」
「そうよ。それで、べったりになっちゃったの。私と一緒にいると霊感が、ああ、たまらない。私、芸術家はきらいじゃないんですけど、あんな、人格者みたいに、もったいぶってるひとは、とても、ダメなの」
「直治の師匠さんは、どんなひとなの?」
 私は、ひやりとしました。
「よくわからないけど、どうせ直治の師匠さんですもの、札つきの不良らしいわ」
「札つき?」
 と、お母さまは、楽しそうな眼つきをなさって呟《つぶや》き、
「面白い言葉ね。札つきなら、かえって安全でいいじゃないの。鈴を首にさげている子猫《こねこ》みたいで可愛らしいくらい。札のついていない不良が、こわいんです」
「そうかしら」
 うれしくて、うれしくて、すうっとからだが煙になって空に吸われて行くような気持でした。おわかりになります? なぜ、私が、うれしかったか
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