う気づいて、泣き出したくなって立ちつくしていたら、前のお家の西山さんのお嫁さんが垣根の外で、お風呂場が丸焼けだよ、かまどの火の不始末だよ、と声高《こわだか》に話すのが聞えた。
 村長の藤田さん、二宮巡査、警防団長の大内さんなどが、やって来られて、藤田さんは、いつものお優しい笑顔で、
「おどろいたでしょう。どうしたのですか?」
 とおたずねになる。
「私が、いけなかったのです。消したつもりの薪を、……」
 と言いかけて、自分があんまりみじめで、涙がわいて出て、それっきりうつむいて黙った。警察に連れて行かれて、罪人になるのかも知れない、とそのとき思った。はだしで、お寝巻のままの、取乱した自分の姿が急にはずかしくなり、つくづく、落ちぶれたと思った。
「わかりました。お母さんは?」
 と藤田さんは、いたわるような口調で、しずかにおっしゃる。
「お座敷にやすませておりますの。ひどくおどろいていらして、……」
「しかし、まあ」
 とお若い二宮巡査も、
「家に火がつかなくて、よかった」
 となぐさめるようにおっしゃる。
 すると、そこへ下の農家の中井さんが、服装を改めて出直して来られて、
「なにね、薪がちょっと燃えただけなんです。ボヤ、とまでも行きません」
 と息をはずませて言い、私のおろかな過失をかばって下さる。
「そうですか。よくわかりました」
 と村長の藤田さんは二度も三度もうなずいて、それから二宮巡査と何か小声で相談をなさっていらしたが、
「では、帰りますから、どうぞ、お母さんによろしく」
 とおっしゃって、そのまま、警防団長の大内さんやその他の方たちと一緒にお帰りになる。
 二宮巡査だけ、お残りになって、そうして私のすぐ前まで歩み寄って来られて、呼吸だけのような低い声で、
「それではね、今夜の事は、べつに、とどけない事にしますから」
 とおっしゃった。
 二宮巡査がお帰りになったら、下の農家の中井さんが、
「二宮さんは、どう言われました?」
 と、実に心配そうな、緊張のお声でたずねる。
「とどけないって、おっしゃいました」
 と私が答えると、垣根のほうにまだ近所のお方がいらして、その私の返事を聞きとった様子で、そうか、よかった、よかった、と言いながら、ぞろぞろ引上げて行かれた。
 中井さんも、おやすみなさい、を言ってお帰りになり、あとには私ひとり、ぼんやり焼けた薪の山の
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