の、頭の禿《は》げた小柄《こがら》なおじさんが、派手なパジャマを着て、へんな、はにかむような笑顔で私たちを迎えた。
「たのむ」
と上原さんは一こと言って、マントも脱がずにさっさと家の中へはいって、
「アトリエは、寒くていけねえ。二階を借りるぜ。おいで」
私の手をとって、廊下をとおり突き当りの階段をのぼって、暗いお座敷にはいり、部屋の隅《すみ》のスイッチをパチとひねった。
「お料理屋のお部屋みたいね」
「うん、成金趣味さ。でも、あんなヘボ画《え》かきにはもったいない。悪運が強くて罹災《りさい》も、しやがらねえ。利用せざるべからずさ。さあ、寝よう、寝よう」
ご自分のお家みたいに、勝手に押入れをあけてお蒲団《ふとん》を出して敷いて、
「ここへ寝給《ねたま》え。僕は帰る。あしたの朝、迎えに来ます。便所は、階段を降りて、すぐ右だ」
だだだだと階段からころげ落ちるように騒々しく下へ降りて行って、それっきり、しんとなった。
私はまたスイッチをひねって、電燈を消し、お父上の外国土産の生地で作ったビロードのコートを脱ぎ、帯だけほどいて着物のままでお床へはいった。疲れている上に、お酒を飲んだせいか、からだがだるく、すぐにうとうととまどろんだ。
いつのまにか、あのひとが私の傍に寝ていらして、……私は一時間ちかく、必死の無言の抵抗をした。
ふと可哀そうになって、放棄した。
「こうしなければ、ご安心が出来ないのでしょう?」
「まあ、そんなところだ」
「あなた、おからだを悪くしていらっしゃるんじゃない? 喀血《かっけつ》なさったでしょう」
「どうしてわかるの? 実はこないだ、かなりひどいのをやったのだけど、誰にも知らせていないんだ」
「お母さまのお亡くなりになる前と、おんなじ匂《にお》いがするんですもの」
「死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、悲しくて仕様が無いんだよ。わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるものでなくて、悲しいんだ。陰気くさい、嘆きの溜息《ためいき》が四方の壁から聞えている時、自分たちだけの幸福なんてある筈《はず》は無いじゃないか。自分の幸福も光栄も、生きているうちには決して無いとわかった時、ひとは、どんな気持になるものかね。努力。そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食《えじき》になるだけだ。みじめな人が多すぎるよ。キザかね」
「いいえ」
「恋だけだね。お
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