ぎ×区×町×番地×商、何某(五三)さんは自宅六畳間で次男何某(一八)君の頭を薪割《まきわり》で一撃して殺害、自分はハサミで喉《のど》を突いたが死に切れず附近の医院に収容したが危篤《きとく》、同家では最近二女某(二二)さんに養子を迎えたが、次男が唖の上に少し頭が悪いので娘可愛さから思い余ったもの」
 こんな新聞の記事もまた、私にヤケ酒を飲ませるのである。
 ああ、ただ単に、発育がおくれているというだけの事であってくれたら! この長男が、いまに急に成長し、父母の心配を憤り嘲笑《ちょうしょう》するようになってくれたら! 夫婦は親戚《しんせき》にも友人にも誰にも告げず、ひそかに心でそれを念じながら、表面は何も気にしていないみたいに、長男をからかって笑っている。
 母も精一ぱいの努力で生きているのだろうが、父もまた、一生懸命であった。もともと、あまりたくさん書ける小説家では無いのである。極端な小心者なのである。それが公衆の面前に引き出され、へどもどしながら書いているのである。書くのがつらくて、ヤケ酒に救いを求める。ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで
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