まらぬ事で蹉跌《さてつ》してはならぬ。常住坐臥に不愉快なことがあったとしても、腹をさすって、笑っていなければならぬ。いまに傑作を書く男ではないか、などと、もっともらしい口調で、間抜けた感慨を述べている。頭が、悪いのではないかと思う。
たまに新聞社から、随筆の寄稿をたのまれ、勇奮して取りかかるのであるが、これも駄目、あれも駄目と破り捨て、たかだか十枚前後の原稿に、三日も四日も沈吟している。流石《さすが》、と読者に膝《ひざ》を打たせるほどの光った随筆を書きたい様子なのである。あまり沈吟していたら、そのうちに、何がなんだか、わからなくなって来た。随筆というものが、どんなものだか、わからなくなってしまったのである。
本箱を捜して本を二冊取り出した。『枕草子』と『伊勢物語』の二冊である。これに拠って、日本古来の随筆の伝統を、さぐって見ようと思ったのである。何かにつけて愚鈍な男である。」
と、そこまでは、まず大過なかったのであるが、「けれども」と続けて一枚くらい書きかけ、これあいけないと、あわてて破った。もう、そのすぐ次に、うかと大事をもらすところであったのである。
一つ、書きたい短篇小説
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