たた、と悲鳴を挙げる。私は冷汗流して、いかに陳弁しても、佳人は不機嫌な顔をしている。私の腕は、人一倍長いのかも知れない。
随筆は小説と違って、作者の言葉も「なま」であるから、よっぽど気を付けて書かない事には、あらぬ隣人をさえ傷つける。決してその人の事を言っているのでは無いのだ。大袈裟《おおげさ》な言いかたをすれば、私はいつでも、「人間歴史の実相」を、天に報告しているのだ。私怨《しえん》では無いのだ。けれども、そう言うとまた、人は笑って私を信じない。
私は、よっぽど、甘い男ではないかと思う。謂《い》わば、「観念野郎」である。言動を為すに当って、まず観念が先に立つ。一夜、酒を呑むに当っても、何かと理窟《りくつ》をつけて呑んでいる。きのうも私は、阿佐ヶ谷へ出て酒を呑んだが、それには、こんな経緯が在るのだ。
私は、この新聞(都新聞)に送る随筆を書いていた。言いたい事が在ったのだけれど、それが、どうしても言えず、これが随筆でなく、小説だったら、いくらでも濶達《かったつ》に書けるのだが、と一箇月まえから腹案中の短篇小説を反芻《はんすう》してみて何やら楽しく、書くんだったら小説として、この現在
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