作家の手帖
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)七夕《たなばた》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)遠慮|会釈《えしゃく》もなく、
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 ことしの七夕《たなばた》は、例年になく心にしみた。七夕は女の子のお祭である。女の子が、織機のわざをはじめ、お針など、すべて手芸に巧みになるように織女星《しょくじょせい》にお祈りをする宵《よい》である。支那に於いては棹《さお》の端に五色の糸をかけてお祭りをするのだそうであるが、日本では、藪《やぶ》から切って来たばかりの青い葉のついた竹に五色の紙を吊《つ》り下げて、それを門口に立てるのである。竹の小枝に結びつけられてある色紙には、女の子の秘めたお祈りの言葉が、たどたどしい文字で書きしたためられていることもある。七、八年も昔の事であるが、私は上州の谷川温泉へ行き、その頃いろいろ苦しい事があって、その山上の温泉にもいたたまらず、山の麓《ふもと》の水上《みなかみ》町へぼんやり歩いて降りて来て、橋を渡って町へはいると、町は七夕、赤、黄、緑の色紙が、竹の葉蔭にそよいでいて、ああ、みんなつつましく生きていると
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