上野の山へのぼった。ゆっくりゆっくり石の段々を、のぼりながら、
「少しは親爺の気持も、いたわってやったほうが、いいと思うぜ。」
「はあ。」青年は、固くなって返辞した。
西郷さんの銅像の下には、誰もいなかった。私は立ちどまり、袂《たもと》から煙草を取り出した。マッチの火で、ちらと青年の顔をのぞくと、青年は、まるで子供のような、あどけない表情で、ぶうっと不満そうにふくれて立っているのである。ふびんに思った。からかうのも、もうこの辺でよそうと思った。
「君は、いくつ?」
「二十三です。」ふるさとの訛《なまり》がある。
「若いなあ。」思わず嘆息を発した。「もういいんだ。帰ってもいいんだ。」ただ、君をおどかして見たのさ、と言おうとして、むらむら、も少し、も少しからかいたいな、という浮気に似たときめきを覚えて、
「お金あるかい?」
もそもそして、「あります。」
「二十円、置いて行け。」私は、可笑《おか》しくてならない。
出したのである。
「帰っても、いいですか?」
ばか、冗談だよ、からかってみたのさ、東京は、こんなにこわいところだから、早く国へ帰って親爺に安心させなさい、と私は大笑いして
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