砂子屋
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)之《これ》は、

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)新英|惇徳《とんとく》の
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 書房を展開せられて、もう五周年記念日を迎えられる由、おめでとう存じます。書房主山崎剛平氏は、私でさえ、ひそかに舌を巻いて驚いたほどの、ずぶの夢想家でありました。夢想家が、この世で成功したというためしは、古今東西にわたって、未だ一つも無かったと言ってよい。けれども山崎氏は、不思議にも、いま、成功して居られる様子であります。山崎氏の父祖の遺徳の、おかげと思うより他は無い。ちなみに、書房の名の砂子屋は、彼の出生の地、播州「砂子村」に由来しているようであります。出生の地を、その家の屋号にするというのは、之《これ》は、なかなかの野心の証拠なのであります。郷土の名を、わが空拳にて日本全国にひろめ、その郷土の名誉を一身に荷わんとする意気込みが無ければ、とても自身の生れた所の名を、家の屋号になど、出来るものではありません。むかし、紀の国屋文左衛門という人も、やはり、そのような意気込みを以《もっ》て、紀の国の名を日本全国に
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