湾とは、どうかしら等と真面目に考えた。あの大陸の影が佐渡だとすると、私の今迄の苦心の観察は全然まちがいだったというわけになる。高等学校の生徒は、私に嘘を教えたのだ。すると、この眼前の黒いつまらぬ島は、一体なんだろう。つまらぬ島だ。人を惑《まど》わすものである。こういう島も、新潟と佐渡の間に、昔から在ったのかも知れぬ。私は、中学時代から地理の学科を好まなかったのだ。私は、何も知らない。したたかに自信を失い、観察を中止して船室に引き上げた。あの雲煙|模糊《もこ》の大陸が佐渡だとすると、到着までには、まだ相当の間がある。早くから騒ぎまわって損をした。私は、再びうんざりして、毛布を引っぱり船室の隅に寝てしまった。
けれども他の船客たちは、私と反対に、むくりむくり起きはじめ、身仕度にとりかかるやら、若夫人は、旦那のオオヴァを羽織って甲板に勇んで出て見るやら、だんだん騒がしくなるばかりである。私は、また起きた。自分ながら間抜けていると思った。ボオイが、毛布の貸賃を取りにやって来た。
「もう、すぐですか。」私は、わざと寝呆《ねぼ》けたような声で尋ねた。ボオイは、ちらりと腕時計を見て、
「もう、十|
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