では行ったが、それから先は、私は未だ一度も行って見たことが無い。もっと、としとってから行ってみたいと思っている。心に遊びの余裕が出来てから、ゆっくり関西を廻ってみたいと思っている。いまはまだ、地獄の方角ばかりが、気にかかる。新潟まで行くのならば、佐渡へも立ち寄ろう。立ち寄らなければならぬ。謂《い》わば死に神の手招きに吸い寄せられるように、私は何の理由もなく、佐渡にひかれた。私は、たいへんおセンチなのかも知れない。死ぬほど淋しいところ。それが、よかった。お恥ずかしい事である。
けれども船室の隅に、死んだ振りして寝ころんで、私はつくづく後悔していた。何しに佐渡へ行くのだろう。何をすき好んで、こんな寒い季節に、もっともらしい顔をして、袴をはき、独《ひと》りで、そんな淋しいところへ、何も無いのが判っていながら。いまに船酔いするかも知れぬ。誰も褒《ほ》めない。自分を、ばかだと思った。いくつになっても、どうしてこんな、ばかな事ばかりするのだろう。私は、まだ、こんなむだな旅行など出来る身分では無いのだ。家の経済を思えば、一銭のむだ使いも出来ぬ筈《はず》であるのに、つい、ふとした心のはずみから、こん
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