、ただ、佐渡の人情を調べたいのである。そこへはいった。
「お酒を、飲みに来たのです。」私は少し優しい声になっていた。さむらいでは無かった。
 この料亭の悪口は言うまい。はいった奴が、ばかなのである。佐渡の旅愁は、そこに無かった。料理だけがあった。私は、この料理の山には、うんざりした。蟹《かに》、鮑《あわび》、蠣《かき》、次々と持って来るのである。はじめは怺《こら》えて黙っていたが、たまりかねて女中さんに言った。
「料理は、要らないのです。宿で、ごはんを食べて来たばかりなんだ。蟹も鮑も、蠣もみんな宿でたべて来ました。お勘定の心配をして、そう言うわけではないのです。いやその心配もありますけれど、それよりも、料理がむだですよ。むだな事です。僕は、何も食べません。お酒を二、三本飲めばいいのです。」はっきり言ったのだが、眼鏡をかけた女中さんは、笑いながら、
「でも、せっかくこしらえてしまったのですから、どうぞ、めしあがって下さい。芸者衆でも呼びましょうか。」
「そうね。」と軟化した。
 小さい女が、はいって来た。君は芸者ですか? と私は、まじめに問いただしたいような気持にもなったが、この女のひとの悪口も言うまい。呼んだ奴が、ばかなのだ。
「料理をたべませんか。僕は宿で、たべて来たばかりなのです。むだですよ。たべて下さい。」私は、たべものをむだにするのが、何よりもきらいな質《たち》である。食い残して捨てるという事ぐらい完全な浪費は無いと思っている。私は一つの皿の上の料理は、全部たべるか、そうでなければ全然、箸《はし》をつけないか、どちらかにきめている。金銭は、むだに使っても、それを受け取った人のほうで、有益に活用するであろう。料理の食べ残しは、はきだめに捨てるばかりである。完全に、むだである。私は目前に、むだな料理の山を眺めて、身を切られる程つらかった。この家の人、全部に忿懣《ふんまん》を感じた。無神経だと思った。
「たべなさいよ。」私は、しつこく、こだわった。「客の前でたべるのが恥ずかしいのでしたら、僕は帰ってもいいのです。あとで皆で、たべて下さい。もったいないよ。」
「いただきます。」女は、私の野暮《やぼ》を憫笑《びんしょう》するように、くすと笑って馬鹿|叮嚀《ていねい》にお辞儀をした。けれども箸は、とらなかった。
 すべて、東京の場末の感じである。
「眠くなって来た。帰り
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