ったのであるが、学生は、こんどは、げらげら笑い出して、それほど尊敬している人は、日本の作家の中には無い、ゲエテとか、ダヴィンチのお弟子になるんだったら、それくらいの苦心をしてもいいが、と嘯《うそぶ》き、卓の上の饅頭《まんじゅう》を一つ素早く頬張った。青春|無垢《むく》のころは、望みは、すべてこのように高くなければならぬのである。私は、その学生に向っては、何も言えなくなるのである。私は、軽蔑されている。けれども、その軽蔑は正しいのである。私は貧乏で、なまけもので、無学で、そうして甚《はなは》だ、いい加減の小説ばかり書いている。軽蔑されて、至当なのである。
君は苦しいか、と私は私の無邪気な訪客に尋ねる。それあ、苦しいですよ、と饅頭ぐっと呑みこんでから答える。苦しいにちがいないのである。青春は人生の花だというが、また一面、焦燥、孤独の地獄である。どうしていいか、わからないのである。苦しいにちがいない。
なるほど、と私は首肯し、その苦しさを持てあまして、僕のところへ、こうしてやって来るのかね、ひょっとしたら太宰も案外いいこと言うかも知れん、いや、やっぱり、あいつはだめかな? などとそんな気
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