ろへ来るのか。来易いからである。それ以外の理由は、ないようである。玄関をがらっとあけると、私が、すぐそこに坐っている。家が狭いのである。
 せっかく訪ねて来てくれたのである。まさか悪意を持って、はるばるこんな田舎まで訪ねて来てくれる人もあるまい。私は知遇に報いなければならぬ。あがりたまえ、ようこそ、と言う。私は、ちっとも偉くないのだから、客を玄関で追いかえすなどは、とてもできない。私は、そんなに多忙な男でもないのである。忙中謝客などという、あざやかなことは永遠に私には、できないと思う。
 僕よりもっと偉い作家が、日本にたくさんいるのだから、その人たちのところへ行きなさい。きっと得るところも、甚大であろうと思う、と私は或るとき一人の学生に、まじめに言ったことがあるけれども、そのとき学生は、にやりと笑って、行ったって、僕たちには逢ってくれないでしょう、と正直に答えたのである。そんなことは無いと思う。逢ってくれないならば、にぎりめし持参で門の外に頑張り、一夜でも二夜でも、ねばるがよい。ほんとうにその人を尊敬しているならば、そんな不穏の行動も、あながち悪事とは言えまい、と私は、やはりまじめに言
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