そうになっても、にこりともせず、そのまま、つんのめるような姿勢のままで、走りつづけた。いつもは、こんな草原は、蛇《へび》がいそうな故を以《もっ》て、絶対に避けて通ることにしているのであるが、いまは蛇に食い附かれたって構わぬ、どうせ直ぐに死ななければならぬからだである、ぜいたくを言って居られぬ。私は人命救助のために、雑草を踏みわけ踏みわけ一直線に走っていると、
「あいたたた、」と突然背後に悲鳴が起り、「君、ひどいじゃないか。僕のおなかを、いやというほど踏んでいったぞ。」
 聞き覚えのある声である。力あまって二三歩よろめき前進してから、やっと踏みとどまり、振り向いて見ると、少年が、草原の中に全裸のままで仰向けに寝ている。私は急に憤怒《ふんぬ》を覚えて、
「あぶないんだ。この川は。危険なんだ。」と、この場合あまり適切とは思えない叱咤《しった》の言を叫び威厳を取りつくろう為に、着物の裾《すそ》の乱れを調整し、「僕は、君を救助しに来たんだ。」
 少年は上半身を起し、まつげの長い、うるんだ眼を、ずるそうに細めて私を見上げ、
「君は、ばかだね。僕がここに寝ているのも知らずに、顔色かえて駈けて行きやが
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