我の愚かさよ。
(悔ゆるともいまは詮なし)
見よ! 次のペエジにその賢者
素知らぬ顔して、記し置きける、
「青春は空《くう》に過ぎず、しかして、
弱冠は、無知に過ぎず。」(フランソワ・ヴィヨン)
[#ここで字下げ終わり]
むかし、フランソワ・ヴィヨンという、巴里《パリ》生まれの気の小さい、弱い男が、「ああ、残念! あの狂おしい青春の頃に、我もし学にいそしみ、風習のよろしき社会にこの身を寄せていたならば、いま頃は家も持ち得て快き寝床もあろうに。ばからしい。悪童の如く学《まな》び舎《や》を叛き去った。いま、そのことを思い出す時、わが胸は、張り裂けるばかりの思いがする!」と、地団駄《じだんだ》踏んで、その遺言書に記してあったようだが、私も、いまは、その痛切な嘆きには一も二も無く共鳴したい。たかが熊本君ごときに、酒を飲む人の話は、信用できませんからね、と憫笑を以て言われても、私には、すぐに撥《は》ね返す言葉が無い。冷水摩擦を毎日やっていると言ってみたところで、それがこの場合、どうなるというものでもない。つまらない事を口走ったものである。けれども私には、それが精一ぱいであったのである。私には
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