いほうでは、ありません。」熊本君はもっぱら自分の品物にばかり、こだわっている。「僕の頭のサイズは、普通です。ソクラテスと同じなんです。」
熊本君の意外の主張には、私も佐伯も共に、噴き出してしまった。熊本君も、つい吊り込まれて笑ってしまった。部屋の空気は期せずして和《なご》やかになり、私たち三人、なんだか互に親しさを感じ合った。私は、このまま三人一緒に外出して、渋谷のまちを少し歩いてみたいと思った。日が暮れる迄には、まだ、だいぶ間が在る。私は熊本君から風呂敷《ふろしき》を借りて、それに脱ぎ捨てた着物を包み、佐伯に持たせて、
「さあ行こう。熊本君も、そこまで、どうです。一緒にお茶でも、飲みましょう。」
「熊本は勉強中なんだ。」佐伯は、なぜだか、熊本君を誘うのに反対の様子を示した。「これから、また、ぼちぼち八犬伝を読み直すのだから。」
「僕は、かまいません。」熊本君も、私たちと一緒に外出したいらしいのである。「なんだか、面白くなりそうですね。あなたは青春を恢復《かいふく》したファウスト博士のようです。」
「すると、メフィストフェレスは、この佐伯君という事になりますね。」私は、年齢を忘れて多
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