しょう》に仕事をしたくなった。なんのわけだかわからない。よし、やろう。一途《いちず》に、そんな気持だった。
 嫂が私たちをさがしに来た。
「まあ、こんなところに!」明るい驚きの声を挙《あ》げて、「ごはんですよ。美知子さんも、一緒にどうぞ。」嫂はもう、私たちに対して何の警戒心も抱《いだ》いていない様子だった。私にはそれが、ひどくたのもしく思われた。なんでもこの人に相談したら、間違いが無いのではあるまいかと思った。
 母屋《おもや》の仏間に案内された。床の間を背にして、五所川原の先生(叔母の養子)それから北さん、中畑さん、それに向い合って、長兄、次兄、私、美知子と七人だけの座席が設けられていた。
「速達が行きちがいになりまして。」私は次兄の顔を見るなり、思わずそれを言ってしまった。次兄は、ちょっと首肯《うなず》いた。
 北さんは元気が無かった。浮かぬ顔をしていた。酒席にあっては、いつも賑《にぎ》やかな人であるだけに、その夜の浮かぬ顔つきは目立った。やっぱり何かあったのだな、と私は確信した。
 それでも、五所川原の先生が、少し酔ってはしゃいでくれたので、座敷は割に陽気だった。私は腕をのばして、長兄にも次兄にもお酌《しゃく》をした。私が兄たちに許されているのか、いないのか、もうそんな事は考えまいと思った。私は一生ゆるされる筈《はず》はないのだし、また、許してもらおうなんて、虫のいい甘ったれた考えかたは捨てる事だ。結局は私が、兄たちを愛しているか愛していないか、問題はそこだ。愛する者は、さいわいなる哉《かな》。私が兄たちを愛して居ればいいのだ。みれんがましい慾の深い考えかたは捨てる事だ、などと私は独酌で大いに飲みながら、たわいない自問自答をつづけていた。
 北さんはその夜、五所川原の叔母の家に泊った。金木の家は病人でごたついているので、北さんは遠慮したのか、とにかく五所川原へ泊る事になったのだ。私は停車場まで北さんを送って行った。
「ありがとうございました。おかげさまでした。」私は心から、それを言った。いま北さんと別れてしまうのは心細かった。これからは誰も私に指図をしてくれる人は無い。「僕たちは今晩、このまま金木へ泊ってもかまわないのですか?」何かと聞いて置きたかった。
「それあ構わないでしょう。」私の気のせいか、少しよそよそしい口調だった。「なにせ、お母さんがあんなにお悪い
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