のとしなど尋ねた自分を下品だと思った。
女は、マットに片手をついて横坐りのまま、じっとしていた。
「誰にも言いやしない。いいから、早く出て行って呉《く》れないか。」
女の子には、何よりもナイフが欲しかった。光る手裏剣《しゅりけん》が欲しかった。流石《さすが》に、下さい。とは言い得なかった。汗でぐしょぐしょになるほど握りしめていた掌中のナイフを、力一ぱいマットに投げ捨て、脱兎《だっと》の如《ごと》く部屋から飛び出た。
B
尾上《おのえ》てるは、含羞《はにか》むような笑顔《えがお》と、しなやかな四肢とを持った気性のつよい娘であった。浅草の或る町の三味線職の長女として生れた。かなりの店であったが、てるが十三の時、父は大酒のために指がふるえて仕事がうまく出来なくなり、職人をたのんでも思うようにゆかず、ほとんど店は崩壊したのである。てるは、千住の蕎麦《そば》屋に住込みで奉公する事になった。千住に二年つとめて、それから月島のミルクホールに少しいて、さらに上野の米久《よねきゅう》に移り住んだ。ここに三年いたのである。わずかなお給金の中から、二円でも三円でも毎月かかさず親元へ
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