をつかつてカフヱを出てしまつて、學校の寮につくまで私はいちども振りかへらぬのである。翌る日から、また粒粒の小錢を貯めにとりかかるのであつた。
 決鬪の夜、私は「ひまはり」といふカフヱにはひつた。私は紺色の長いマントをひつかけ、純白の革手袋をはめてゐた。私はひとつカフヱにつづけて二度は行かなかつた。きまつて五圓紙幤を出すといふことに不審を持たれるのを怖れたのである。「ひまはり」への訪問は、私にとつて二月ぶりであつた。
 そのころ私のすがたにどこやら似たところのある異國の一青年が、活動役者として出世しかけてゐたので、私も少しづつ女の眼をひきはじめた。私がそのカフヱの隅の椅子に坐ると、そこの女給四人すべてが、樣樣の着物を着て私のテエブルのまへに立ち並んだ。冬であつた。私は、熱い酒を、と言つた。さうしてさもさも寒さうに首筋をすくめた。活動役者との相似が、直接私に利益をもたらした。年若いひとりの女給が、私が默つてゐても、煙草をいつぽんめぐんでくれたのである。
「ひまはり」は小さくてしかも汚い。束髮を結つた一尺に二尺くらゐの顏の女のぐつたりと頬杖をつき、くるみの實ほどの大きな齒をむきだして微笑んで
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