とも出席しなかった。遠慮したのかも知れない。あるいは御商売がいそがしく、そのひまが無かったのかも知れない。私は中畑さんと北さんに私の佳《よ》い先輩、友人たちを見せて、お二人に安心させたいと思っていたのだが、それも、私のいい気な思い上りかも知れなかった。そんな祝賀会をお見せしたって、中畑さんも北さんも安心するどころか、いよいよ私の将来についてハラハラするだけの事かも知れなかった。
私は北さんにも、実に心配をおかけしていた。北さんは東京、品川区の洋服屋さんである。洋服屋さんといっても、ただの洋服屋さんではない。変っている。お家は、普通の邸宅である。看板も、飾窓《かざりまど》も無い。そうして奥の一部屋で熟練のお弟子が二人、ミシンをカタカタと動かしている。北さんは、特定のおとくいさんの洋服だけを作るのだ。名人気質の、わがままな人である。富貴も淫《いん》する能《あた》わずといったようなところがあった。私の父も、また兄も、洋服は北さんに作ってもらう事にきめていたようである。私が東京の大学へはいってから、北さんは、もっぱら私を監督した。そうして私は、北さんを欺《あざむ》いてばかりいた。ひどい悪い事
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