う。或る人(決して中畑さんではない)その人から私によこした手紙のような形式になっているのであるが、もちろん之《これ》は事実に於いては根も葉も無いことで、中畑さんはこんな奇妙な手紙など本当に一度だってお書きになった事は無いので、これは全部、私自身が捏造《ねつぞう》した「小説」に過ぎないのだという事は繰りかえし念を押して、左にその一文を紹介しよう。私がどんなに生意気に思い上って、みんなに迷惑をおかけしていたかという事さえ、わかっていただけたらいいのである。
「先日、(二十三日)お母上様のお言いつけにより、お正月用の餅《もち》と塩引《しおびき》、一包、キウリ一|樽《たる》お送り申し上げましたところ、御手紙に依《よ》れば、キウリ不着の趣き御手数ながら御地停車場を御調べ申し御返事|願上候《ねがいあげそうろう》、以上は奥様へ御申伝え下されたく、以下、二三言、私、明けて二十八年間、十六歳の秋より四十四歳の現在まで、津島家出入りの貧しき商人、全く無学の者に候が、御無礼せんえつ、わきまえつつの苦言、いまは延々すべき時に非ずと心得られ候まま、汗顔平伏、お耳につらきこと開陳、暫時、おゆるし被下度《くだされた
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