乗ろうという。私は、北さんにまかせた。その夜、北さんと別れてから、私は三鷹のカフェにはいって思い切り大酒を飲んだ。
 翌る日午後五時に、私たちは上野駅で逢い、地下食堂でごはんを食べた。北さんは、麻の白服を着ていた。私は銘仙《めいせん》の単衣《ひとえ》。もっとも、鞄《かばん》の中には紬《つむぎ》の着物と、袴《はかま》が用意されていた。ビイルを飲みながら北さんは、
「風向きが変りましたよ。」と言った。ちょっと考えて、それから、「実は、兄さんが東京へ来ているんです。」
「なあんだ。それじゃ、この旅行は意味が無い。」私はがっかりした。
「いいえ。くにへ行って兄さんに逢うのが目的じゃない。お母さんに逢えたら、いいんだ。私はそう思いますよ。」
「でも、兄さんの留守《るす》に、僕たちが乗り込むのは、なんだか卑怯《ひきょう》みたいですが。」
「そんな事は無い。私は、ゆうべ兄さんに逢って、ちょっと言って置いたんです。」
「修治をくにへ連れて行くと言ったのですか?」
「いいえ、そんな事は言えない。言ったら兄さんは、北君そりゃ困るとおっしゃるでしょう。内心はどうあっても、とにかく、そうおっしゃらなければなら
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