さまざまの醜態《しゅうたい》をやって来ているのだ。とても許される筈《はず》は無いのだ。
「なあに、うまくいきますよ。」北さんはひとり意気|軒昂《けんこう》たるものがあった。「あなたは柳生《やぎゅう》十兵衛のつもりでいなさい。私は大久保彦左衛門の役を買います。お兄さんは、但馬守《たじまのかみ》だ。かならず、うまくいきますよ。但馬守だって何だって、彦左の横車には、かないますまい。」
「けれども、」弱い十兵衛は、いたずらに懐疑的だ。「なるべくなら、そんな横車なんか押さないほうがいいんじゃないかな。僕にはまだ十兵衛の資格はないし、下手《へた》に大久保なんかが飛び出したら、とんでもない事になりそうな気がするんだけど。」
生真面目で、癇癖《かんぺき》の強い兄を、私はこわくて仕様がないのだ。但馬守だの何だの、そんな洒落《しゃれ》どころでは無いのだ。
「責任を持ちます。」北さんは、強い口調で言った。「結果がどうなろうと、私が全部、責任を負います。大舟に乗った気で、彦左に、ここはまかせて下さい。」
私はもはや反対する事が出来なかった。
北さんも気が早い。その翌《あく》る日の午後七時、上野発の急行に
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