の着物が一かさね、少しも予期していないものだった。私は、呆然《ぼうぜん》とした。ただその先輩から、結婚のしるしの盃をいただいて、そうして、そのまま嫁を連れて帰ろうと思っていたのだ。やがて、中畑さんと北さんが、笑いながらそろってやって来た。中畑さんは国民服、北さんはモーニング。
「はじめましょう、はじめましょう。」と中畑さんは気が早い。
 その日の料理も、本式の会席膳で鯛《たい》なども附いていた。私は紋服を着せられた。記念の写真もうつした。
「修治さん、ちょっと。」中畑さんは私を隣室へ連れて行った。そこには、北さんもいた。
 私を坐らせて、それからお二人も私の前にきちんと坐って、そろってお辞儀をして、
「今日は、おめでとうございます。」と言った。それから中畑さんが、
「きょうの料理は、まずしい料理で失礼ですが、これは北さんと私とが、修治さんのために、まかなったものですから、安心してお受けなさって下さい。私たちも、先代以来なみなみならぬお世話になって居りますから、こんな機会に少しでもお報いしたいと思っているのです。」と、真面目に言った。
 私は、忘れまいと思った。
「中畑さんのお骨折りです
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