って死んでゆきたいと、つくづく思った。新聞の一つ一つの活字が、あんなに穢《よご》れて汚く思われたことがなかった。鼠いろのスプリング。細長い帝国大学生。背中を丸くして、ぼんやり頬杖をつく習癖がある。自殺しようと家出をした。そのような記事がいま眼のまえにあらわれ出ても、私は眉ひとつうごかすまい。むごいことには、私、おどろく力を失ってしまっていた。私に就いての記事はなかったけれども、東郷さんのお孫むすめが、わたくしひとりで働いて生活したいと言うて行方しれずになった事実が、下品にゆがめられて報告されていた。兵士たちが望富閣の食堂へぞろぞろとはいって来て、あまり勢いよくはいって来たので私のテエブルをころがした。コップもビイルの壜《びん》も、こわれなかったけれど、たしかに未だ半分以上も壜に残っていたビイルが白い泡を立てつつこぼれてしまった。二、三の女中は、そのもの音を聞き、その光景を背のびして見ていながら、当りまえの様な顔をして、なんにもものを言わなかった。トオキイの音が、ふっと消えて、サイレントに変った瞬間みたいに、しんとなって、天鵞絨《ビロード》のうえを猫が歩いているような不思議な心地にさせら
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