遠いところから山人《やまふと》の笑い声がはっきり響いて来たりするのであった。
父親を待ちわびたスワは、わらぶとん着て炉ばたへ寝てしまった。うとうと眠っていると、ときどきそっと入口のむしろを覗《のぞ》き見するものがあるのだ。山人が覗いているのだ、と思って、じっと眠ったふりをしていた。
白いもののちらちら入口の土間へ舞いこんで来るのが燃えのこりの焚火のあかりでおぼろに見えた。初雪だ! と夢心地ながらうきうきした。
疼痛《とうつう》。からだがしびれるほど重かった。ついであのくさい呼吸を聞いた。
「阿呆」
スワは短く叫んだ。
ものもわからず外へはしって出た。
吹雪! それがどっと顔をぶった。思わずめためた坐って了った。みるみる髪も着物ももまっしろになった。
スワは起きあがって肩であらく息をしながら、むしむし歩き出した。着物が烈風で揉《も》みくちゃにされていた。どこまでも歩いた。
滝の音がだんだんと大きく聞えて来た。ずんずん歩いた。てのひらで水洟《みずばな》を何度も拭った。ほとんど足の真下で滝の音がした。
狂い唸《うな》る冬木立の、細いすきまから、
「おど!」
とひくく言っ
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