れであわれで父親の炭の粉だらけの指を小さな口におしこんで泣いた。
スワは追憶からさめて、不審げに眼をぱちぱちさせた。滝がささやくのである。八郎やあ、三郎やあ、八郎やあ。
父親が絶壁の紅い蔦の葉を掻《か》きわけながら出て来た。
「スワ、なんぼ売れた」
スワは答えなかった。しぶきにぬれてきらきら光っている鼻先を強くこすった。父親はだまって店を片づけた。
炭小屋までの三町程の山道を、スワと父親は熊笹を踏みわけつつ歩いた。
「もう店しまうべえ」
父親は手籠を右手から左手へ持ちかえた。ラムネの瓶がからから鳴った。
「秋土用すぎで山さ来る奴もねえべ」
日が暮れかけると山は風の音ばかりだった。楢《なら》や樅《もみ》の枯葉が折々みぞれのように二人のからだへ降りかかった。
「お父《ど》」
スワは父親のうしろから声をかけた。
「おめえ、なにしに生きでるば」
父親は大きい肩をぎくっとすぼめた。スワのきびしい顔をしげしげ見てから呟いた。
「判らねじゃ」
スワは手にしていたすすきの葉を噛みさきながら言った。
「くたばった方あ、いいんだに」
父親は平手をあげた。ぶちのめそうと思ったのである。し
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